令和6年度(2024年度) 論文題目
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卒業論文(76件)
| 論文題目 | 指導教員 |
|---|---|
| 食べ物とアレルギー反応の随伴性判断について | 澤 |
| 繰り返される想起体験に対する意味づけが現在の自己の状態へ与える影響 ~体験に対するポジティブな意味づけと生活空間・環境における在り方との関係から~ | 下斗米 |
| 完全主義の特性がコーピングの柔軟性に与える影響 | 加藤 |
| 生成AIとの対話は大学生における自閉スペクトラム症に関する知識を高めるのか | 塚本 |
| プライム刺激がダブルフラッシュ錯覚に与える影響 | 石金 |
| MPMI-sを用いた展望記憶と性格の関連の検討 | 岡村 |
| 競技チアリーディング経験者を対象としたパイクジャンプにおける行動的コーチングの効果 ービデオモデリングとビデオフィードバックの有効性の検討ー | 塚本 |
| 児童虐待の世代間伝達におけるリスク要因の検討 ー二世代にわたる虐待事例理解に関する生態学的視点からの新視点の提言にむけてー | 下斗米 |
| 親密他者の受け容れがたい言動による対人関係性および自他認知の変容に関する検討 ー関係メンテナンスと自己防衛間の揺らぎを巡ってー | 下斗米 |
| 自室に求める空間配色にはどのような感情が関係するのか | 中沢 |
| 児童期の親からの言葉かけが女子大学生の承認欲求に及ぼす影響 | 松嶋 |
| 同僚・友人・家族との会話の頻度および時間量と気分状態の差 | 加藤 |
| SNSの利用態度と自己開示の関連 | 藤巻 |
| 女子学生の推し活による協調的幸福感が学習方略に与える影響 | 松嶋 |
| 幼少の家庭環境が透明性錯覚に及ぼす影響 | 岡村 |
| 大学生の自閉スペクトラム症傾向における「強み」理解の特徴 | 岡村 |
| 現代的プリンセス像と理想自己の関連 ー悪役令嬢への憧れ | 高田 |
| 向社会的行動が孤独感に与える効果 | 加藤 |
| ラットにおけるアルコール摂取経験が味覚嫌悪学習に及ぼす影響の検討 | 澤 |
| 非行少年・被害者に対する共感の高さと非行少年への偏見の程度の関連の検討 | 松嶋 |
| 日常生活における思考抑制とマインドフルネス | 国里 |
| 青年のボディイメージにおける現実と理想のギャップに現代メディアが 及ぼす影響 | 塚本 |
| 中学生の頃及び現在の母親・父親との関係に関する認識と 現在の一般的な対人関係についての認識との関連について | 藤巻 |
| 物理現象に関する幼児の因果推論に随判性が与える影響 | 池田 |
| 大学生における生まれ月と自己効力感及びセルフコントロールの関連 | 加藤 |
| におい特性が自伝的記憶の想起に及ぼす影響および性格特性との関係性 | 澤 |
| 処理水準効果と語彙修得率ー学習段階からの比較検討ー | 岡村 |
| レジリエンスおよびグリットが大学生のゲームパフォーマンスに及ぼす影響 | 塚本 |
| 青年期における歌詞の重要性とその役割、印象に残る歌詞の特徴 | 高田 |
| 人間関係リセット衝動の生起機序と自他理解に伴う心理的苦悩に関する検討 ー生活文脈への生態学的観点からの提言ー | 下斗米 |
| スポーツを通した両親との対人経験が第二反抗期に与える影響について | 高田 |
| 共食の質と親子関係充実度の因果関係について | 高田 |
| 言語負荷課題が大脳半球の機能に与える影響 | 石金 |
| 遊びと社会スキルの関連 | 藤巻 |
| 反社会的行動はダークテトラッドやマインドフルネスとどのような関連が見られるのか | 越智 |
| 発話速度と休止時間がビックファイブに基づく性格印象に与える影響 | 石金 |
| 男性連続殺人犯と女性連続殺人犯の犯行パターンからみる計画性における性差 | 越智 |
| 幼少期のネガティブ経験が攻撃性に及ぼす影響 | 越智 |
| 表情の豊かさは単純接触効果を強化するか ー潜在指標GNATを用いてー | 石金 |
| 抑うつ的反すうと運動の関連性 | 岡村 |
| 課題難易度と副次タスクの関連性がマルチタスクの学習効果に与える影響 | 石川 |
| 環境調整を含む視覚障害体験が体験者の心理に及ぼす影響 | 塚本 |
| ピアスが青年期に与える影響 ~自我同一性とファッションにおける他者比較の心理学的要因の側面から~ | 高田 |
| 大学生男女における外見修正と身体不満足感、醜形恐怖心性の関連について | 高田 |
| 20歳未満の者の飲酒に対する成人の寛容さに関する要因についての検討 | 松嶋 |
| 刺激間の意味的関連性が注意プロセスに与える効果 | 石川 |
| 視覚初期過程における非古典的受容野の特性 | 石金 |
| 加工顔の魅力度評定に関する検討 ー性別・心理的路離・対人不安が与える影響についてー | 池田 |
| きょうだい構成・関係と親の養育態度が青年の劣等感に及ぼす影響 | 塚本 |
| 大学生におけるひとり行動と公的自己意識の関連について | 藤巻 |
| メディアの信頼性が犯罪不安に与える影響の検討 | 松嶋 |
| ワーキングメモリと弓道の経験年数が弓道パフォーマンスに及ぼす効果 | 石川 |
| 児童・学生における自殺報道が同世代のウェルテル効果に与える影響 | 越智 |
| なぜ「やらなきゃいけないとわかっているのにできない」が生じるのか ーできない者の抱える心理的苦悩の理解に向けてー | 下斗米 |
| 大学生の親性準備性を高める子育てに関する知識の検討 | 池田 |
| 醜形懸念、心理的柔軟性と自己志向的完全主義の関連 | 国里 |
| 否定的養育態度が自己制御能力を介して社会的迷惑行為に与える影響 | 松嶋 |
| 食材共起ネットワークに基づくLatent Dirichlet Allocation(LDA)と 生成AIを用いた新規料理提案 | 小杉 |
| αーピネンによるストレス軽減効果の検討 | 澤 |
| 非生物における不気味の谷の検討 | 石川 |
| 飼育環境の差異がアリの空間認知および学習能力に与える影響 | 澤 |
| ポジティブ孤独および居住形態が孤独感に及ぼす影響 | 加藤 |
| 社会的支援者のイメージが恐怖条件づけの消去及び自発的回復に与える影響 | 澤 |
| 同性の友達とのつきあい方が感情表出の制御に与える効果 | 加藤 |
| 消費者行動におけるバンドワゴン効果に対する共感の防衛機能 | 下斗米 |
| バラバラ殺人事件の継時的推移 | 越智 |
| 共感疲労に及ぼすHSP傾向と感覚モダリティの関連 | 越智 |
| 大学生の自己受容・他者受容に影響を与える要因の検討 ー親子関係・親の夫婦関係・親との同居の有無に注目してー | 池田 |
| 事前情報と顔の信頼度が人物の印象評価に与える影響 ~暗黙的評価と明示的評価の観点から~ | 石川 |
| 視覚的視点取得における干渉効果のメカニズム: 暗黙のメンタライジング仮説からの検討 | 石川 |
| オドボール効果から検討する時間知覚における期待の役割 | 中沢 |
| ポゲンドルフ錯視図形とデルブーフ錯視図形における同時錯視効果と 図形残効効果の比較検討 | 石金 |
| 自己効力感、失敗過敏、先延ばしの関連性 | 国里 |
| 性格特性が職業選択および職業価値観に与える影響 | 岡村 |
| 自己開示と心理的居場所感の関係性についての検討 | 藤巻 |
| ネガティブな経験の捉え方の変化過程に関する探索的研究 | 藤巻 |
修士論文(8件)
潜在原因モデルを用いたパニック症の再発の検討
指導教員: 国里
要旨を読む
特にパニック症において検討が必要になるのは再発であると考える。パニック症は再発しやすく (貝谷他, 2013), パニック症に対して行われるエクスポージャー法もその後の再発が課題となっている(Boschen et al, 2009)。このことから本研究では, パニック症の再発について理解することを目的とした。
本研究では3つの研究を行った。1つ目は, パニック症のモデルから再発を理解することであった。これによりモデルでの仮定のもと, パニック症を包括的に捉えながら理解することができると考えた。2つ目は, 実際のデータを用いて検討した。これはモデルから得られた示唆が臨床にも応用可能性であるかを検討することが主な目的であった。3つ目は潜在原因推論の観点からパニック症に関連する不安感受性について検討し, 再発についてさらに理解を深めることを目的とした。 パニック症を捉える上で, Robinaugh et al. (2024)の微分方程式モデルを用いた。Robinaugh et al. (2024)は精神疾患を構成要素の相互作用によって成り立つと捉え, 構成要素同士の相互作用によってパニック症の症状を再現している。モデルはパニック症を説明するためによく用いられるClark (1986)のモデル等を基にしながら作成されており, 本研究ではこのモデルを用いてパニック症の症状の変化を捉えた。
パニック症の再発を理解するにあたり潜在原因モデルに着目した理由は, 不安症の再発メカニズムとして臨床現場でよくみられるABA復元効果を説明できるためである。潜在原因モデルは古典的条件づけにおける行動を捉える際に, 動物が無条件刺激, 条件刺激, 文脈といった観察した特徴について潜在原因を推論して学習していると説明するモデルである。本研究ではパニック症のモデルと組み合わせることで, 症状の獲得などの過程も含めて検討できることや文脈の変化による症状の変化を捉えられると考えた。 潜在原因における推論には個人差があり,単一の原因に割り当てて推論する場合と複数の原因に割り当てて推論する場合がある。先行研究では, 両者の違いによって症状や自然回復などが異なると考えられていることから, この観点も取り入れた。
研究1では, 潜在原因モデルとRobinaugh et al. (2024)のパニック症のモデルを統合してシミュレーションを行なった。その結果, 複数の原因で推論する場合に文脈の変化によって再発が生じた。この結果について,心理ネットワーク分析を用いてパニック症の構成要素の関連を検討した。構成要素の関連については獲得段階,消去段階, 再発段階を比較し,また再発が生じなかった単一の原因で推論する場合とも比較して再発について理解することを試みた。その結果, 特に回避行動が再発に関連する可能性が考えられた。またネットワークからは, 身体感覚が危険であるという信念である,覚醒スキーマの役割も再発に関わる可能性が考えられた。
研究2の実際のデータを用いた検討では, 潜在原因モデルを用いた先行研究であるNorbury et al. (2022)の消去学習課題を使用し, ABA復元効果を調べた。その際にパニック症の構成要素に関する質問も行ない, 研究1と同様にパニック症の構成要素の関連の違いを確認した。その結果, ネットワーク自体はシミュレーションでの結果と一致しなかったが, そこから示される再発への示唆は, 回避行動や逃避行動に関わる信念の関連, 覚醒スキーマの役割の関連であり, 特に回避行動の関連という点でモデルから示されることと一致していると考えられた。
研究3では, 潜在原因推論において単一の原因で推論する群と複数の原因で推論する群で不安感受性尺度の項目のネットワークの違いを調べた。これまでの検討から複数の原因で推論する群において再発しやすいと考えられたため,仮定のもとで再発への理解として得られることを考察した。その結果, 身近なことからも不安を感じやすい点や, 感情コントロールと身体感覚への恐怖が関連する点が再発において考慮できる可能性があった。
以上の検討から, 文脈の変化による再発には特に回避行動が関連していると考えられ, そこに関連する身体感覚が危険であるという信念も関連する可能性が示唆された。また, 潜在原因推論の個人差の観点も今後の臨床実践にも有用である可能性があると考えられた。
SNS相談架空事例提示による知識の提供がSNS相談に対する援助要請行動に与える影響 ―自殺念慮に関する相談に焦点をあてて―
指導教員: 高田
要旨を読む
本研究には大学生129名が参加した。参加者はランダムに2群に分けられた。SNS相談事例提示あり群に割り振られた参加者には、「死にたい」と相談する女性の事例が提示された。そして、各群にSNS相談に対するコスト・利益予期、身近な他者への援助要請におけるセルフスティグマの質問紙に回答してもらった。そして、木村・梅垣・水野(2014)の抑うつのシナリオと自殺念慮のシナリオを提示し、それぞれについて、自身がその状態になったときの行動について、普通のことなので何もしない、普通のことではないと思うが、特になにもしない、自分の力で対処する、友人や家族に相談・援助を求めようと考えるが、結局は相談・援助を求めない、友人や家族に相談・援助を求めようと考え、実際に相談・援助を求める、SNS相談に相談・援助を求めようと考えるが、結局は相談・援助を求めない、SNS相談に相談・援助を求めようと考え、実際に相談・援助を求めるの7つの選択肢から回答を求めた。そして最後に、それぞれのシナリオの深刻度について5件法で回答を求めた。
まず、各尺度についてSNS相談事例提示あり群とSNS相談事例提示なし群の2群で対応のないt検定を行った。その結果、SNS相談に対するコスト予期のカウンセラーの対応への懸念と強要への懸念のそれぞれで、各群の平均値に有意差が見られた。この結果から、SNS相談事例提示あり群の方がSNS相談事例提示なし群よりも、カウンセラーの対応への懸念と強要への懸念が有意に低いということが示唆された。
次に、援助要請行動の有無に関連する要因を検討するために、ロジスティック回帰分析を行った。その際、援助要請の項目の、友人や家族に相談・援助を求めようと考え、実際に相談・援助を求めるとSNS相談に相談・援助を求めようと考え、実際に相談・援助を求めるを1(援助要請行動あり)、普通のことなので何もしない、普通のことではないと思うが、特になにもしない、自分の力で対処する、友人や家族に相談・援助を求めようと考えるが、結局は相談・援助を求めない、SNS相談に相談・援助を求めようと考えるが、結局は相談・援助を求めないを0(援助要請行動なし)とコード化した。そして、援助要請行動を従属変数、性別(男性を1、女性を0とコード化)、コスト予期、利益予期、身近な他者に対するセルフスティグマ、問題の深刻度を独立変数として分析を行った。
その結果、SNS相談事例提示あり群の抑うつのシナリオを想定した援助要請行動には、コスト予期と問題に対する深刻度評価が関連していることが示唆された。そして、SNS相談事例提示なし群の抑うつのシナリオを想定した援助要請行動には、身近な他者におけるセルフスティグマと問題に対する深刻度評価が関連していることが示唆された。一方で、自殺念慮のシナリオを想定した援助要請行動においては、SNS相談事例提示あり群とSNS相談事例提示なし群の両群において、統計的に有意な結果が得られなかった。しかし、両群において問題の深刻度評価のロジスティック回帰係数が最も高かった。そのため、本研究で得られたデータの中では、問題の深刻度評価が最も援助要請行動をするという回答に影響を与えているということが示唆された。
本研究の結果、SNS相談事例提示あり群の方が、SNS相談事例提示なし群よりもカウンセラーの対応への懸念と強要への懸念が有意に低いことが示唆された。この結果は、自殺対策におけるSNS相談事業ガイドライン(厚生労働省, 2019)に記載されているSNS相談員の基本姿勢である「問題解決の先取りをしすぎず、相談者のつらさを共有する」や、「あくまでも“決めるのは相談者である”ことを自覚する」が関連していると考えられる。SNS相談事例を読んだことにより、参加者にこれらの基本姿勢が伝わり、懸念が低下したのではないかと考えられる。
次に、ロジスティック回帰分析の結果、抑うつ状態を想定した際も自殺念慮を抱えた状態を想定した際も、その状態を深刻であると評価することが援助要請行動に繋がる可能性が示唆された。
今後は、今まさに「死にたい」気持ちを抱えている者や、抑うつ状態にあり、自殺念慮や自殺のリスクが高い者にとって、SNS相談を利用してみようと思えるために必要な情報について検討する必要があると考えられる。
障害支援に対する感情の被受容経験が大学生の障害支援への意識に与える影響の検討
指導教員: 岡村
要旨を読む
本研究では、参加協力者にアサーションの考え方を説明した文章を読んだ後に、自身の障害支援に対する感情を記述させることで、ネガティブ感情や葛藤を自由に表出させ、ネガティブ感情の被受容を間接的に経験する群と、障害の概要が書かれた文章を読んだ後に自身の障害支援に対する感情の記述を求めネガティブ感情や葛藤を自由に表出することを意識させずネガティブ感情の被受容を間接的に経験しない群と比較することによって、発達障害者への支援を求められることへのネガティブ感情の自由な表出を他者に受容される経験が、合理的配慮への参加意欲と障害支援へのネガティブ感情の低減にどのような効果をもたらすかを検討することを目的とした。
その結果、両課題群において課題実施後に参加意欲得点が高くなり、合理的配慮について考える体験が合理的配慮への参加意欲を高める可能性が示唆された。また、アサーション課題の実施後に象徴的障害者偏見尺度の能力主義得点が有意に高くなり、アサーション課題を実施したことで、参加者は間接的に感情を受容される経験をし、自分が尊重されたと感じ、他者(発達障害者)を同じように尊重したいという意識が高まったことが示唆された。また、学び経験得点から参加意欲得点の変化率への有意な負の影響が見られ、学び経験の少ない者に対して、まず、合理的配慮への素直な感情を尋ね受容することは、リバウンド効果としての抵抗感を低減し、その後の理解や参加の意欲を高める可能性が示唆されたが、学んだ経験が多い者に対しては、ネガティブ感情の表出への抵抗感を低減させるための介入が必要であると考えられた。また、計量テキスト分析の結果より、アサーション課題は、参加者が、自分の中に理的配慮へ賛同する気持ちと同時に、不満や迷いを感じる部分もあることを認識し、言語化する機会の提供とそのサポートの役割を果たしたと考えられる。
呼吸の感覚を用いた複合消去がヒトの恐怖反応の再発に与える影響
指導教員: 塚本
要旨を読む
実験2では,内受容感覚刺激として実験1と同一だが見た目で区別できないストローによる呼吸をCSとした。また,視覚刺激として無意味つづりを使用し,ストロー呼吸と無意味つづりを組み合わせた複合消去群(呼吸複合群),それぞれ単独で消去を行う群(呼吸単独群),無意味つづりを組み合わせた複合消去群(つづり複合群)を設定した。実験2では,呼吸複合群とつづり複合群は複合消去による予測誤差の増大を予測し,実際にUS予期とCS感情価の増加が認められた。しかし,自発的回復および復位テストにおいて呼吸複合群と呼吸単独群の間に有意差は確認されず,複合消去による消去学習の促進(自発的回復と復位の抑制)の効果は認められなかった。また,獲得時のCS感情価は,視覚刺激と内受容感覚の間で明確な違いが見られ,視覚刺激のCSは,はじめは不安を喚起しなかったCS+が試行を重ねることで有意に不安を喚起するように学習されたのに対し,内受容感覚では第1試行から一貫してCS+に高い不安を喚起していた。
これらの結果から,内受容感覚をCSとして用いた場合,従来の視覚刺激とは異なる特徴がCRの再発や消去学習に影響を及ぼす可能性が示された。特に,内受容感覚は生理的な不快感を伴うため,他のCSと競合し,消去を妨げる要因となる可能性が示唆された。内受容感覚を用いた複合消去の効果を明確にするためには,内受容感覚の特徴をさらに詳細に検討し,そのメカニズムを検討する必要がある。また,必ずしも不快な内受容感覚にUSが結びつくとは限らないことが示唆されたため,内部感覚エクスポージャーではどの内受容感覚がどんなUSと結びついているのかを丁寧にアセスメントする必要があると考えられる。
他者の存在が筆記開示に与える影響
指導教員: 岡村
要旨を読む
実験参加者(大学生・大学院生21名、そのうち分析対象者19名)は、ストレス筆記他者存在群、ストレス筆記他者不在群、自由筆記他者存在群、自由筆記他者不在群に無作為に振り分けられ、20分程度の筆記課題を3日間行った。ストレス筆記群は毎日同じトラウマについて筆記することが求められた。自由筆記群は次の日の予定を筆記することが求められた。また、他者存在群は筆記した文章と文字数を送ることを求められ、他者不在群は、筆記した文章は削除し文字数のみを送ることを求められた。効果指標には、ワーキングメモリー容量、改訂出来事インパクト尺度(IES-R)、日本語版外傷後認知尺度(JPTCI)については得点の変化率について筆記形態×他者の存在の有無×期間(プレ-ポスト、プレからフォローアップ)の3要因混合の分散分析を行い、認知的再体制化質問については得点について筆記形態×他者の存在の有無×時期(ポスト・フォローアップ)の3要因混合の分散分析を行った。
その結果、IES-Rの得点に関して、筆記の違いと期間の主効果に有意差はなかったが、他者の存在の主効果は見られ他者の存在がある方がいずれの期間においてもIES-Rの変化率が有意にマイナス方向に大きく、他者の存在があることでトラウマの重症度が軽減した。このような結果になった理由として、観察者効果が生じた可能性、他者の存在を感じることで精神的に支えられたと感じた可能性、他者の存在があることによって筆記課題で作成した文章に洞察語を多く使用した可能性が考えられる。一方で、ワーキングメモリー容量は改善しなかった。この理由として、参加者がワーキングメモリー容量を圧迫しているほどのトラウマを抱えていなかった可能性や、トラウマ体験を既に自己の中に統合している可能性、十分に認知的再体制化がなされなかった可能性が考えられる。また、認知的再体制化はどの群であっても時間が経過することで促進されることが明らかになった。
このような結果になった理由として、IES-RやJPTCIが感度の高い質問紙であり、トラウマの重症度が低い参加者が混在していることによって変化が生じやすかった可能性が考えられる。このことより、トラウマを1度提示した後は無理にトラウマについて語るのではなく、トラウマ以外の内容を筆記したり話したりしてもトラウマの重症度は軽減するかもしれない。本研究の限界点として、本研究の方法が参加者にとって負担がかかる方法であったことや、他者不在群が文章を削除せずに送ってしまうことがある点があった。そのため、今後は方法を改定して改めて検討する必要がある。
心理的柔軟性とスポーツパフォーマンス
指導教員: 国里
要旨を読む
そこで本研究では,スポーツパフォーマンス向上を目指したACTの介入研究に先立ち,心理的柔軟性と関連が高いスポーツをする上で重要になる要素との関連を探索的に調べることを目的とした。方法として,心理的柔軟性を測定する質問紙として,主観的なスポーツパフォーマンスについて尋ねる質問紙,感情について尋ねる質問紙を用いて競技を行う学生を対象に質問紙調査を行った。また分析方法に心理ネットワーク分析,相関分析を用い,要素同士の直接的な関係に加え,要素全体の関係性,影響力の強い要素について検討した。本実験における仮説として,心理的柔軟性を構成する要素はパフォーマンスを向上させると予測されることから正の関係に,心理的柔軟性を低下させる要素は負の関係になると予測した。
全体の結果の中でも相関分析からは,心理的柔軟性を低下させる回避が主観的パフォーマンス測定指標のすべての下位項目と有意な負の相関を示し,「回避傾向が高いとパフォーマンスが低下する」という仮説が支持されたと言える。また,PPFI-Jの下位尺度である受容的態度と管理(苦痛や困難を利用して目標に向かう努力を強化する能力を測定する)はパフォーマンス評価尺度の下位尺度とそれぞれ弱い正の関係であり,状況判断や技術発揮を促進し,理想的なパフォーマンスにつながることが示唆され,心理的柔軟性を構成する要素がパフォーマンス向上に寄与するという仮説を支持する結果となった。
ネットワーク分析からは「試合中感情をコントロールして良いプレーを維持する」―「不快な感情を観察し,それに引き込まれずにそれらを観察できる」との間に正の関係が見られ,不快な感情に対して受容的な態度を持つことが感情コントロールスキルの向上に繋がることが示唆された。具体的には,不快な感情も認識し,受け入れることがプレー中の感情コントロールに繋がり,良いプレーの発揮を促している可能性が考えられる。 次に,PPFI-Jの得点から心理的柔軟性の高いグループと心理的柔軟性の低いグループに分けて比較した。心理的柔軟性の高いグループでは,パフォーマンスの項目と感情の項目の間にあまり関係が見られなかった。一方,心理的柔軟性の低いグループでは,パフォーマンスと感情の間にいくつかの関係が見られ,特にポジティブ感情とパフォーマンスが正の関係になっているところが多かった。またポジティブ感情とネガティブ感情の間に負の関係が見られた。そのため,低い心理的柔軟性のグループでは感情とパフォーマンスが相互に影響しあっていると考えられ,ポジティブ感情とネガティブ感情の両立が難しい傾向であると考えられた。この結果から,心理的柔軟性によって感情とパフォーマンスの関係や,感情の調整をしていることが示唆された。 個人競技・団体競技に分けて,心理的柔軟性とスポ―ツパフォーマンスの関係を探索的に検討した結果,個人競技では自主的な管理や技術がパフォーマンスを支える要素として考えられた。団体競技では管理や受容とスポーツパフォーマンスの関係は小さいものの回避行動がスポーツパフォーマンスや悪影響を及ぼす可能性が示唆された。
本研究は横断データに基づくため,因果関係の特定には至らない。今後は縦断的データを用いて,心理的柔軟性の各要素とパフォーマンスの因果関係を検討するとともに,ACTの枠組みにとらわれず,選手が日常的に取り組みやすい形で柔軟性を高める方法論を開発することが必要と考える。
個人的体験としての”生きづらさ”の理解 ――他者との関係の中で構成される生活空間と自己の在り方の観点から――
指導教員: 松嶋
要旨を読む
“生きづらさ”は生きる上での困難を主観的に表現する言葉であり、精神医学的な「障害」という言葉よりも広範な意味を含んでいる。そのような、心理社会的苦悩を表現する“生きづらさ”を理解するためには既存の理論的枠組みを超えたアプローチが求められる。“生きづらさ”は、個人内の特性だけではなく、個人のもつ社会的文脈から捉える必要があり、そのためにK. Lewinの場の理論が有用であると考えられる。また、生活空間の中心にある自己の構造に、関係中心主義の議論を応用することで、文脈内存在としての個人を捉えることが可能になる。そして、生活空間上で生じる体感や、生活空間に対してなされる意味づけが、“生きづらさ”を捉える上で有用な視点になると考えられる。
【全体目的】 本研究は、“生きづらさ”を捉える新たな枠組みを生成し、その有用性と応用可能性を議論することで、“生きづらさ”の臨床心理学的理解を深めることを目的とする。
【第一研究】 目的 事例解釈を通じて、序文にて示した視点を有する本研究の枠組みの“生きづらさ”を捉える上での有用性を示し、さらに加えるべき視点を探ることを目的とする。
方法 “生きづらさ”を体験していると考えられる方々についてまとめられた4つの事例を、複数人の判断により選択した。
結果 選択された4つの事例の解釈を通して、自己の構造の様態、生活空間への意味づけという視点から、個人の体験する“生きづらさ”について検討することができた。
考察 第一研究では、“生きづらさ”を捉える枠組みの有用性を示し、新たな観点を抽出した。事例解釈から、自己の構造(関係自己や中核自己)とその境界の在り方が、生活空間への意味づけに影響を与えることが示唆された。また、生活空間における体感や、表出される言動も重要な視点だと考えられた。
【第二研究】 目的 “生きづらさ”を生成された枠組みから数量的に検討し、自己構造とそれにより生じる生活空間での体感や意味づけの個人差が、社会生活上の適応や“生きづらさ”の違いとしていかに現れるか検討する。
方法 参加者は18歳以上の235名に対し、倫理審査委員会の承認を受けたWeb調査を実施した。調査協力は、SNSや大学授業にて依頼した。 Web調査は①自己の構造( 重要他者、関係自己の内容や本質度、境界の状態、中核自己の明確さ)、②生活空間における体感(オノマトペ語31項目)、③生活空間への意味づけ(所属、存在意義、統制感、自尊心を4因子16項目)、④対人場面における自己観(9次元27項目)、心理社会的適応の状態(充実感尺度13項目と、生きづらさを感じる程度1項目)から構成された。
結果 有効回答者は235名(男性130名、女性99名、自由回答3名、無回答3名)で、平均年齢は23.18歳(SD=9.24)であった。分析1では、自己の構造が生活空間における体感や生活空間への意味づけに影響を与えているか検討した。その結果、自己の構造と生活空間における体感が、それぞれ、生活空間への意味づけの有意な影響モデルが確認された。分析2では、階層的クラスター分析により、自己の構造、生活空間における体感、生活空間への意味づけの様態として6群が抽出された。そして、心理社会的適応の状態の背景として、多様な生活空間の様態が存在することが分かった。
考察 第二研究では、自己の構造や、それにより生じる生活空間における体感や意味づけという視点を通じ、“生きづらさ”を捉える枠組みの有用性を数量的に検証した。その結果、自己の構造と生活空間における体感や生活空間への意味づけが、各個人の主観的な体験としての“生きづらさ”体験を捉える上で有用な視点であると実証されたと考えられた。また、生活空間の様態によって、心理社会的適応や“生きづらさ”のパターンが異なることが示され、生活空間の様態として6つの類型が特定された。各類型を背景として、多様な心理社会的適応の状態が見られ、それらが、自己の構造や生活空間における体感、意味づけと密接に関連していることが考えられた。そして、類型ごとの特性により、既存の心理学的知見と整合性を保ちつつ、漠然とした“生きづらさ”の理解を深める新たな視点が提供されたと考えられた。 以上から、広く一般的に体験される漠然とした“生きづらさ”を捉えるための有効な枠組みが数量的にも実証されたと考えられる。
【全体考察】 本研究は、“生きづらさ”を生活空間の様態や意味づけから捉える枠組みを生成し、臨床心理実践への応用可能性も議論された。生成された枠組みは、個人の体験を中心に据えて、広く一般的に体験される“生きづらさ”を捉える上での有用性をもち、心理臨床実践におけるナラティヴ・セラピーとの整合性も示唆された。 今後の課題としては、質的情報を数量化する方法の検討が挙げられた。
挫折経験からの立ち直りの過程 ―他者からの支援が立ち直りに及ぼす影響について―
指導教員: 藤巻
要旨を読む
研究1では,大学生126名を対象に質問紙調査を実施した。その結果,ソーシャルサポートは資質的レジリエンスおよび獲得的レジリエンスに有意な影響を与えることが示された。一方,挫折経験からの立ち直り経験の有無は,現在のレジリエンスの高さに直接的な影響を与えなかった。また,自由記述の分析から,挫折経験者が支援として捉える関わりは,【相談に乗ってくれた】【現状を肯定するサポート】【解決に向けたサポート】【肯定的な意味づけをしてくれた】【励まし合った】【関わり続けてくれた】の6つのカテゴリーに分類された。特に【関わり続けてくれた】カテゴリーの支援は,挫折経験と直接関連しない関わりでありながら,挫折経験者にとって重要な支えとして認識されていることが明らかとなった。
研究2では,挫折経験からの立ち直りの過程を,挫折経験者へのインタビュー調査を通じて明らかにした。TEMを用いた分析によって,挫折経験者が【落ち込み】を経た後,【誰かに相談】し,【アドバイス】を受ける過程で他者からの継続的な支援が重要であることが示された。特に,挫折経験者が挫折と向き合う準備が整っていない段階では,挫折経験に直接関係しない支援や無理強いをしない関わりが受け入れられやすく,心理的負担を軽減する役割を果たすことが明らかになった。また,立ち直り過程において【変わらず頑張り続ける】という新たな要素も確認された。 本研究の結果は,挫折経験からの立ち直りにおける他者からの支援の重要性を示している。特に,ソーシャルサポートが挫折経験者の心理的安定感を提供し,立ち直りの準備を整える役割を果たしていることが示唆された。一方で,支援の効果はタイミングや方法に依存することも確認され,挫折経験者の状況や心理的状態に応じた柔軟な対応が求められる。また,挫折経験と向き合う準備が整っていない段階では,問題解決を意図した支援が【望まないサポート】として認識される可能性があり,立ち直りを阻害する場合があることも示唆された。
本研究は,挫折経験からの立ち直り過程を数量的および質的に検討することで,他者からの支援の多様な形態やその役割を明らかにする重要な知見を提供した。一方で,対象者数の少なさや因果関係の検証の限界など,いくつかの制約も存在している。今後の研究では,より多様な背景を持つ対象者を含めた検討や,挫折経験からの立ち直りの過程を長期的に追跡する縦断的研究が必要であると考えられる。
博士論文(2件)
行動の習慣化における道具的反応の時間的構造
指導教員: 澤
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研究1では, 数秒から十数秒の範囲における反応率の動態に焦点を当て, 習慣化にともなう行動の固定化がみられるのかを検証した。研究1では, 2つの異なる精度の時間的情報を含む改変RIスケジュールにより, ラットを対象にレバー押し訓練を行なった (Hata et al., 2024)。このスケジュールは, 比較的「粗い」精度の時間的情報として, 時間が進むにつれて強化確率が高くなる性質と, 「精緻な」精度の時間的情報として, 前のIRIが次のIRIに影響する性質をもつ。研究1では, 目標指向行動から習慣への移行に伴い行動の固定化がみられる場合, 毎IRIにおいて変化のない反応率動態が生起すると考えた。実験1-1において, 訓練量が増えるにつれて目標指向行動から習慣へと移行した。移行にともない, 反応率は前のIRIの影響を強く受けるようになった。また, 実験1-1と同程度の訓練量であるが, 行動は目標指向行動と判定された実験2-2においても, 実験1-1と同様の反応率動態の変化が確認された。このことから, 目標指向行動から習慣への行動モード移行に伴って, 反応率の動態は変化ししておらず, 数秒から数十秒間における反応率のレベルで行動の固定化は起きていないと考えられる。
研究2では, 行動の微視的構造から過剰訓練による行動の習慣化が行動の固定化を引き起こすかを検証した。研究2では, 行動の微視的構造においては, 習慣化にともないバウト開始率が高い傾向が確認されれば, 行動の固定化が生起していると考えた。実験2-1では, 訓練量は同程度であるが, 結果の価値低減手続きの違いにより, 行動のモードが異なる実験における道具的訓練中におけるバウトパラメータを比較した。結果, 習慣が生起した実験の方が, 目標指向行動が生起した実験よりも, バウト内反応率が高いが, バウト開始率は低く, バウトの長さも短かった。つまり, 習慣化にともない行動は比較的散発的に生じており, 微視的構造における行動の固定化は起きていないと解釈することができる。また, 同じ実験内で, 習慣と目標指向行動間の微視的構造の違いを検証した実験2-2においても, 行動の習慣化の程度が高いほど, バウトの長さが短い傾向があることがわかった。よって, 微視的構造においても, 習慣化にともなう行動の固定化は起きておらず, 習慣にともないレバー押し行動は徐々に散発的になっていくことが示唆された。
研究3では, セッションごとのIRTのエントロピーに着目した。もし行動の固定化が起きていた場合, セッションにおけるIRTのエントロピーは減少すると予想された。研究3-1では, 同程度の道具的訓練を受けながらも異なる行動モードと判定された実験を比較し, 習慣化にともないセッション全体のIRTのエントロピーは減少するのかを検証した。結果, 習慣が生起した実験において高いIRTのエントロピーが計測された。一方, 同一実験内における目標指向行動の指標とIRTのエントロピーの相関を検証した実験3-2においても, 目標指向行動の指標とIRTのエントロピーとの間に相関はみられなかった。実験3-1, 3-2の結果は一致しなかったが, 双方の結果はともに, IRTのエントロピーにおいて, 習慣化にともない行動の固定化は起きていないと結論づけることができる。
本研究の結果, 3つの異なる時間スケールのいずれにおいても, 習慣化にともなう行動の固定化はみられなかった。予想に反して, 習慣化にともない, レバー押し行動は散発的に生起しており, 時間的な一貫性を欠く形で生起していた。一方研究1において, 強化子の呈示に応じた行動の調整が観察された。このことから, 習慣化にともなう散発的な行動が必ずしも無秩序であるわけではなく, 目的に従った柔軟に調整された行動である可能性が示唆された。
因果推論課題における反応-結果間隔の時間的操作を用いたげっ歯類の行為主体感の検討 ―学習心理学および行動薬理学の観点から―
指導教員: 澤
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実験1ではBlaisdell et al.(2006)の因果推論課題を応用し,テストでの反応(レバー押し)と結果(音)との間の遅延時間の操作がラットの因果推論に与える影響を検討した。ヒトは,環境内の事象生起を観察することと,自ら事象の生起に介入することを区別して異なる推論を行うことが示されており(Waldmann & Hagmayer, 2005),Blaisdell et al.(2006)の実験では,ラットを用いて同様の結果が得られることが示された。 本研究の手続きでは,Phase 1でEvent 1(e.g., 光)とEvent 2(e.g., 音)の対提示訓練を行い,Phase 2でEvent 1とEvent 3(エサ)の対提示訓練を行った。テストでは,レバーを押してからEvent 2が提示されるまでの間の時間間隔を操作した。ヒトは,反応してから刺激が提示されるまでの間の時間差が長くなるほど,行為主体感が減衰することが示されている(e.g., Sato & Yasuda, 2005)。ラットにおいてもヒトと同様に,反応と刺激提示までの間の遅延時間が長くなるほど,刺激提示の原因を自己の行為へと帰属させる傾向,つまり行為主体感が低下するならば,Blaisdell et al. (2006)で刺激を観察しただけの結果と同様に,Event 3であるエサが提示されることに対する予測の高さを示すノーズポーク反応数が増加すると予測される。 その結果,0 msから500 msまでの遅延時間にかけてノーズポーク反応が増加することが確認された。特に,遅延時間500ms以上ではノーズポーク反応が最大となる可能性が示された。
そこで,実験2では,Delay 0 msからDelay 500 msにかけてのノーズポーク平均反応数の変化について詳細に検討することで,遅延時間の挿入により行為主体感が減衰するタイミングについて検討した。その結果, Delay 0 ms群からDelay 250 ms群にかけてノーズポーク平均反応数に差が見られなかった。実験1および2の結果から,レバー押し反応直後から250 msの遅延後に刺激が生起した場合には,Blaisdell et al.(2006)で自らの反応が事象の生起に直接介入した条件と同様の推論が行われるが,レバー押し反応直後から500 ms以上の遅延後に刺激が生起した場合には,Blaisdell et al.(2006)で刺激を観察しただけの条件と同様の推論が行われる可能性が示唆された。これは,自らの反応と外部環境の変化の間に時間的遅延が挿入されると,「刺激の提示は自分の反応が原因である」という行為主体感が減衰することを示唆する結果であり,ヒトにおいて報告されている結果と一致するものであった。
また,実験3では,統合失調症の病態と関連する行為主体感の低下と類似した行動が統合失調症の薬理学的モデルにおいて認められるか検討した。統合失調症傾向者は行為主体感の低下を示すことが報告されている(e.g., Asai & Tanno, 2007, 2008)。結果として,テストにおけるMK-801投与ラットのノーズポーク平均反応数は,レバー押し直後にEvent 2が提示された場合と,レバー押しから250 ms後にEvent 2が提示された場合のいずれにおいても生理食塩水を投与した統制群のラットよりも増加していた。刺激非提示期間におけるノーズポーク平均反応数は,両群において差が見られなかったため,この結果はMK-801投与による活動性の増加以外の影響によるものであると考えられる。MK-801投与ラットにおける結果は,Blaisdell et al.(2006)において刺激を観察しただけの条件と一致する結果であり,250 msの遅延時間が存在していたにも関わらず,刺激の生起を外部の出来事として判断していた可能性を示す。この結果は,MK-801投与ラットでは自らの反応と外部環境の変化の間に時間的遅延が早期の段階で,「刺激の提示は自分の反応が原因である」という行為主体感が減衰する可能性を示唆し,統合失調症傾向者で報告される結果と同様であった。ただし,本研究の結果にはレバー押し反応数やMK-801投与による学習・記憶への影響が含まれている可能性があるため,今後さらなる検討が必要であると考えられる。本研究の結果がヒトの行為主体感と同様かどうかについては追加の研究が求められるが,本研究はラットにおいてもヒトと同様の行為主体感を検討するための新たなアプローチを提案する点で貢献したと考えられる。